もうきみにきめたから

出戻り社会人おたくの独り言。

精神的病を患っていた話

今回はジャニーズとほぼほぼ関係のないお話です。めちゃくちゃ暗いです。

 

 

 

私は高卒で正社員として就職して、今年5年目になる。1年目の夏、少し慣れてきた頃に同じ部署の先輩からのパワハラが始まった。今までで辞めていった人達はみんなこの人が原因で退職している。私には同期が2人いて、1人は見た目が派手で活発な子、もう1人は大人しくて静かな子、私はその中間くらいの感じ。ただこの頃の私は仕事は真面目すぎるくらい真面目にしなくてはいけないと思っていた。あと元々正義感が強い。

 

標的になったのは私と大人しい子の2人。活発な子はお気に入りで何をしても当たられたり無視されたり帰ってからメールやラインで怒られたりもしたことがない。月替わりくらいで私たちふたりは交互に標的にされた。何もしていないのに無視なんて当たり前、同じシフトなのに休憩に連れていってもらえない、やっちゃったーごめんなさい!で済まされるような小さなミスでほぼ一日中当たられる、わざと大きな音をたてて扉を閉められたり物を置かれたりする。周りの人達も自分が標的になりたくないから誰も助けてくれない。それが当たり前になっている。ここに書ききれないというか、書きたくないような酷いこともいくつもあった。そんなことがまる1ヶ月ずつ交互に起きる。

 

1年目の10月末、気づけばわたしはもうボロボロで、そのせいでミス多発、余計に当たられるという日々。毎日帰り道は運転しながら号泣。ついには、家についても泣きすぎて車から降りれず、過呼吸になり母にワン切りで助けを求めた。こんな先輩がいるということは母にも話してはいたが、ここまで酷いとは思っていなかったらしい。後から思えば数ヶ月前からもう色々と異変は起きていた。寝つきが悪い。会社の夢を見て起きる。その人の声が聞こえるだけで心拍数が上がり手が震える。大きな音が怖い。

 

次の日、なんとか会社を休ませてもらい人生で初めて精神科のある病院に行った。田んぼの真ん中にあるケーキ屋さんのような見た目の病院。外からは精神科と分からないように精神科という表記もされていない。中に入ると待合室では海外の有名な紅茶を出してくれる。小さい頃よく家で飲んでいた紅茶で、安心して涙が止まらなかったのを覚えている。

 

なんとか空いていた先生に診てもらう。と言っても、お話しするっていう感じ。あとは聞かれたことに答えていく。他はもうハッキリと覚えていない。病名も何も言われず、待合室に戻るように言われ、代わりに母親が入る。多分母には病名を伝えていたと思う。

 

帰りに薬局で薬を貰い、家に着いた。午後からはひたすらずーっとぼーっと外を見て携帯も触らず音楽も流さず過ごし、気づいたら夜になっていた。

 

次の日からはもちろん会社に行っている。変わったことといえば毎日寝る前に薬を飲むようになったことと、2週間に1回の通院。会社の環境は何一つ変わらない。じゃあ何故上司に報告しなかったのか。それは、今までで辞めていった人達が上司にこの先輩のことを伝えていたのに何も変わっていないと別の先輩から聞いていたから。ああ無駄なんだなと諦めていた。

 

12月頃、薬のおかげかよく眠れるようにもなったし、不安になり震えたりすることもなくなった。飲んでいた薬は確か抗不安薬だった。あと、病院の先生がとてもいい先生で、自分自身の考え方や受け止め方も変わり、性格も変わってきた。

 

そしてこの頃、なにか趣味を見つけようと中学生の頃に好きだったテニミュをネットで見始めた。とことんはまるタイプなので、過去の公演のDVDを買い、ファンクラブに入り、ついに生で観に行くようになった。母が言うにはこの頃からすごく元気になったしポジティブになった、全然違うらしい。

 

2年目になってもまだパワハラは続いていたけれど、少しずつ程度がましになってきていた。それはこの先輩の扱い方を分かってきたから。こういうタイプの人はすごく単純で、持ち上げれば上機嫌になる。頼られれば優越感に浸り喜ぶ。私は小さなことでも褒めたり、他の人でも分かることをわざわざこの人に聞きに行ったりするようにしたのだ。

 

この頃には通院も月1になってきていて、薬を飲むのも辛い時だけになってきていた。何よりの薬は趣味で、好きな若手俳優の現場に行ったり、ミュージカルを観に行ったり、没頭できるものがあることで息抜きが上手くできるようになった。

 

まあここから色々とあり、育休中だった1番上のとてもいい先輩が復帰したり、この先輩以外の2人の先輩とお気に入りだった同期が辞めたり、後輩が3人入ることをきっかけについに会社が動き、この先輩を他部署に飛ばしたりした。とはいえ、事務所は同じで関わりもあるのだけれど、社長からついに注意されたのか何もされなくなったし、むしろ今は良好な関係だ。

 

 

もう3年ほど病院にも行っていないし薬も飲んでいない。でもトラウマになっている事が唯一ある。それが扉を閉める大きな音。これだけは未だにどうしても心拍数が上がってしまう。いい加減克服したいのだけれど、どうも無理みたい。この音をきっかけに当時のこともたまにフラッシュバックする。そんな時はすぐに自分の好きな人のことを思い浮かべて切り替える。

 

 

私が病気になって学んだこと。真面目すぎる人の方が馬鹿を見るということ。すこしおちゃらけたくらい、少しドジっ子なくらいの方が周りからは親しまれやすく可愛がられやすい。そして助けてもらいやすい。

もう一つは、趣味は偉大だということ。無趣味だと、家に帰ってからも会社のことを考えてしまってどんどん気分も落ちていってしまうから。

 

 

これから社会人になる人には不安を与えてしまうような内容かもしれないけれど、少しでも同じような目に合う人が減らせれば、今当時の私のような状況になっている人の助けになればと思って書きました。少しでもおかしいと思ったら病院に行ってください。恥ずかしくなんてないです。自分が弱いだけとか周りに言われても思わないで。貴方は悪くないから。私も何回も死んでしまいたいと思ったけれど、通院や趣味で変われたから大丈夫。1人で頑張らなくていいんだよ。

 

 

私がどうしても伝えたかったことでした。お付き合いありがとうございました。

次からはまたいつも通りのブログに戻ります!